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レオポルド1世(在位1831~1865年)王国の礎を築く…
初代ベルギー国王レオポルド1世は、ロシア皇帝の弟の義理の兄弟にあたります。英国王室とも親戚関係にあり、また、フランス国王の娘婿でもありました。これらの血縁により、レオポルド1世は新生国家ベルギーの国王として広く支持を得れただけでなく、若い王国の確固たる基盤を作ることができました。
レオポルド2世(在位1856~1909年)工業力を増強…
レオポルド2世は父が作った基盤の上にさらに強い国家を築きました。時はあたかも鉄と鋼の時代。レオポルド2世はベルギーを世界第四の工業国に成長させ、国内生産品の3分の1が海外に輸出されるようになりました。やがてベルギーは、世界をまたにかける金融帝国に発展します。この大躍進を根底で支えていたのが、レオポルド2世の偉業、植民地コンゴの開発でした。
アルベール1世(在位1909~1934年)国民・国家のために戦う…
「騎士王」の異名をとるアルベール1世は、第1次世界大戦の勃発とともに始まったドイツ軍のベルギー侵攻に際して、見事な指導力を示しました。国王は自ら部隊の陣頭に立ち、屈強なドイツ軍の進撃をイゼ-ル川岸で頑なに応戦、終戦まで揺るぐことなく指揮を取り続けました。妻のエリザベス王妃は、世界的に有名な音楽コンクール「エリザベス王妃コンテスト」の創始者。偉大なる芸術のパトロンとして名を残しています。登山をこよなく愛したアルベール1世は、1934年ナミュールの近くを登山中、遭難事故で亡くなりました。
レオポルド3世(在位1934~1951年)戦争の現実と向き合う…
父の先王アルベール2世同様、レオポルド3世もやがて戦争と直面します。1940年、ドイツ軍の電撃戦「ブリッツクリーグ」でベルギー全土が焼け野原となりました。ベルギー政府もロンドンに避難。しかし、レオポルド3世は国民を見捨てることを拒み、ドイツ軍に降伏します。国王は第二次世界大戦終結までドイツの捕虜収容所で過ごしました。1951年、対独降伏をめぐる政局混乱の影響でレオポルド3世は退位。息子のボードワンに国王の座を譲りました。
ボードワン1世(在位1951~1993年)ベルギー統合の象徴として…
ブリュッセルが欧州共同体と北大西洋条約機構(NATO)の本部を擁するようになると、ベルギーの存在が国際社会で急速に重要視されてきます。ボードワン国王は、この変動期に国家の舵取りをつとめました。人権を人一倍大切に考える姿勢はもとより、非常に親しみやすい国王としてベルギー国民の心に残っています。また、ボードワン1世は、各地方の自治権が拡大する中において国家結束の象徴にもなりました。
アルベール2世(1993年~現在)安定の保証…
1993年、ボードワン国王の逝去によって弟のアルベール2世が王位につきました。これには、ベルギー各地方の連邦化が最終段階を迎えるにあたって、引き続き安定が保証されるという意味合いがありました。ベルギー貿易振興会会長として経験豊かなアルベール2世は、国家運営における政治的手腕を示しながらも、自身が国民の1人であるという姿勢を決して崩しません。
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